大同2(807)年、徳一大師が五薬師の1つとして開創。
「高寺」の「高寺三十六坊」の1つ「慈光坊」との説もある。
七堂伽藍が建立され、子院100余の寺を持つ大寺院と伝えられる。
瑠璃光山、真言宗豊山派。
本尊は、木造薬師如来坐像。
会津盆地の中央に位置し、「中央薬師」とも呼ばれる。
応永5(1398)年、講堂 (現/薬師堂)が火災により焼失。
室町時代初期(1398〜1466)に、蘆名氏の家臣/富田祐持が薬師堂を再建し、昭和39年に茅葺き屋根を銅板葺となった以外は、当時のまま現存している。
本尊の木造薬師如来坐像、両脇侍像の月光菩薩立像と日光菩薩立像は国宝。
いずれも平安時代初期の造像で、ケヤキ材の一木造り。
東北地方の仏像では初めての国宝である。
近畿地方以外でも、鎌倉大仏、臼杵磨崖仏に次いで3番目の国宝指定である。
国宝3件以外にも国指定重要文化財が、多く所蔵されている。
・勝常寺薬師堂
・木造十一面観音立像
・木造地蔵菩薩立像
・木造聖観音立像
・木造四天王立像
・木造天部立像(伝虚空蔵菩薩像)
全国的にも、これだけのこれだけ多くの平安時代の仏像が、一寺に所蔵されているのは珍しい。
現地の案内板
【説明文】
【配置図】。
会津五薬師の中央薬師 (講堂/薬師堂)。
会津十二薬師の第四番。
会津三十三観音の第十番札所 (霊宝殿/観音堂)。
≪土井晩翠ウォーナー碑≫
伊達正宗公の侵攻時に焼失しなかったのも奇跡であるが、太平洋戦争でも、米国/ウォーナー博士が京都・奈良・鎌倉とともに会津を爆撃しないように提言したため、現存できている。
感謝の碑文は、土井晩翠による。
一千余年閲したる 仏像の数十三を 伝へ来りし勝常寺 尊き国の宝なり
秋のけしきの深みゆく 会津郊外勝常寺 仏縁ありて詣できて 十三像を拝みぬ
▲(湯川村大字勝常字代舞1764 Tel. 0241-27-4566)
・9時〜16時
・休館 火曜日、11月15日〜3月31日
・祭例 4月28日
正嘉2(1258)年、僧/月堂が草創。
聖会山、臨済宗。
本尊は、地蔵菩薩座像。
会津若松市/興徳寺の末山。
至徳年間(1384〜1386)、興徳寺住職/大圭が大伽藍を創建し、中興。
天正17(1589)年、伊達政宗公が伽藍すべてを焼き払った。
奇跡的に七重塔は免れ、本尊は檀那たちに守られた。
その七重塔も、文禄4年(1595)の大風で倒壊、かつての大寺の面影は消滅した。
現在は、集落の中に、ひっそりと佇んでいる。
本尊の地蔵菩薩座像は、鎌倉時代の作で、県内最古とされる。
会津二十一地蔵尊の第十六番。
▲(湯川村下樽川)
元和年代後半(1619〜1624)、僧/宥栄が京都から帰郷して草創。
金剛山、真言宗智山派。
本尊は、大日如来。
山城国/松橋無量院の末寺。
寛永年間(1624〜1643)、加藤明成公が庇護し、隆盛を見る。
観音堂には、馬頭観音坐像と聖観音坐像の両像が祀られている。
会津水子地蔵の寺として、信仰されている。
境内には、新しい水子地蔵が並ぶ。
鐘楼門が見事。
▲(湯川村浜崎706 Tel. 0241-27-4210)