会 津 若 松 市 の 見 ど こ ろ

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神  指  城  周  辺

 
《神指 (こうざし) の由来》
 平安時代前半 (860年頃)、この地にやって来た源融(みなもとのとおる)の家来/秦氏が、
山王権現の安住の地を探していたところ、夢の中に老人が現れて指を差す。
  「ここより北の林の中に香木があるので、
        村人に開墾してもらい、安住の地にせよ」
とお告げがあった。
 このとから、「香指」と呼ばれるようになる。
 その後、「神差」から「神指」と表記されるようになった。
 

神指城跡

 慶長5(1600)年2月から、会津120万石の藩主であった上杉景勝公によって築城された城。   [本丸図]  [A]
 自然景観指定緑地の1つ (第19号)。
 鶴ヶ城は、
  ◇ 周辺の山などに近く、砲撃戦に弱い
  ◇ 浅瀬の湯川を利用しており、守りに不安がある
との判断で、はるかに大きい大川の水を利用できる この地に、築城を始めた。
神指城跡の説明文  来るべき徳川家康との合戦に備えて築城を急いだといわれるが、本来の目的は新たな城郭を中心とする大きな町づくりであった。
 会津盆地の片隅にあった城下町を、さらに発展・拡大するために、より広い地へ移し、120万石に相応しい城下町を構築しようとしたのである。
 この築城が、逆に家康に上杉公征伐の口実を与えてしまう。
 家康との軋轢が生じたため、急遽、築城を優先することになった。
 12万人を動員し、昼夜にわたる突貫工事で進められた。
 この時の総監が、直江兼続である。
 弟の大国実頼が普請奉行を務め、甘槽景継も兼続のもとで普請に尽力する。
 直江兼続が全国的に名を知られるようになった「直江状」へとつながる。

高瀬の大木(ケヤキ) ≪高瀬の大木(ケヤキ)≫
 幹周り  : 13メートル、樹高 : 25メートル。
 推定樹齢 : 1,000年。
 慶長5(1600)年に、上杉景勝公が神指城を築く前から、東北隅の土塁上にあった。 幹の中は空洞になっており、昭和24(1949)年の台風で大枝も折れたが、ケヤキの巨樹としては全国有数のものだけに、今なお樹姿は堂々としている。
高瀬の大木の説明文  周りには、その子のケヤキも、大きく生育している。
 県指定緑の文化財
 昭和16(1941)年に、国指定天然記念物となる。

本丸の石垣の基礎石 ≪本丸の石垣の基礎石≫
   この巨石はここより南方三百米の本丸に慶山村
   「現・東山町」の山中から運んだといわれる石垣の
   基礎石で昭和五十八年に ここに移し保存するもの
   である。  
(説明板より)

本丸の石垣の基礎石  完成していれば、鶴ヶ城の2倍の面積55ヘクタールの巨大な近代城郭で、東日本最大の城となり、後の戊辰の役でアームストロング砲の餌食にもならずにすんだと思われる。
 景勝公の改易により未完のまま破棄される。
 現在は、本丸跡と石垣の跡や、二の丸土塁、二之丸北西土塁、二之丸南側土塁などの遺構が残っているだけ。

 ▲(会津若松市神指町大字高瀬字五百地)  鶴ヶ城から 4.9km
    ・見学自由

他の城館については、こちら

中野竹子殉節の碑

中野竹子殉節の碑 中野竹子殉節の入口碑

 中野竹子の終焉の地。
 昭和13(1938)年、建立。

中野竹子殉節の碑

 江戸常詰勘定役/中野平内の長女として江戸に生れ、学問と薙刀を修める。
 戊辰の役がぼっ発したため、会津に戻る。
 父親の許可をもらい、鶴ヶ城に入るべく従軍したが、と遭遇し戦闘となる。
 参加した女人 (婦女隊) は、
中野竹子殉節の碑文
  中野孝子(こう子) 44歳、竹子の母
 中野竹子19歳
 中野優子16歳、竹子の妹
 ◇ 依田まき子35歳、依田源治 (京都/伏見で戦死) の妻
 依田菊子18歳、まき子の妹、後に水島
 神保雪子23歳、神保修理 (自刃) の妻
 ◇ 岡村すま子30歳位
 平田小蝶18歳、竹子の義妹、後に戸田
 ◇ 平田吉子16歳、小蝶の妹
など20余名 (後日、竹子が隊長とされるが、結成時に隊長との概念はなく、指図役を務めていた母/孝子が実質的な取りまとめ役だったと思われる)。
 奮戦するも、柳橋の戦場にて敵弾に倒れ、共に戦っていた妹の手で、介錯される。
 握られていた薙刀には、辞世の句が結ばれていた。
   ものゝふの (たけ)き こころに くらぶれば (かず)にも入らぬ わが身ながらも

 雅号は、「小竹」と称した。
 墓は、会津坂下町の法界寺にある。
 ▲(会津若松市神指町東城戸216)

柳橋 (涙橋)
 200メートル下流の薬師川原に処刑場があった。
 罪人は、休み小屋の井戸水で、家族と最後の水杯を酌み交わしたことから、涙橋とも呼ばれていた。

 ▲(会津若松市神指町黒川薬師川原甲1016) 鶴ヶ城から 3.2km
   ・見学自由 (碑があるのみ)

新撰組殉難の地 (如来堂)

新撰組殉難の地(如来堂)

 慶応4(1868)年9月4日、の奇襲を受ける。
 壮絶な戦いで 19名中 13名が戦死した。 当初は全員討ち死とされたが、斎藤一たち6名は生き残っていた。
 ここは、神指城/二の丸土塁の遺構の一部でもある。
 樹齢は不明だが、樹高25メートルほどのイチョウの木がある。
 激しい戦いを目撃していたのは間違いあるまい。
 自然景観指定緑地の1つ (第33号)。
戦死者 13名 (新井破摩男小幡三郎清水卯吉高田文二郎
           高橋渡森権次郎森庵六之助円尾啓二郎
           姓名不詳/夫卒 5名)
生存者  6名 (斉藤一、久米部正親吉田俊太郎、
          池田七三郎、志村武蔵、河合鉄五郎)

 斎藤一の墓は、阿弥陀寺にある。
新撰組殉難の碑
 ▲(会津若松市神指町中四合/神指町如来堂26) 鶴ヶ城から 5.5km
   ・見学自由 (碑があるのみ)


  「名刹と神社」は、こちら。

義経の一子/帽子丸の墓

義経の嫡男/帽子丸の墓

 皆鶴姫は、源義経の後を追って、苦難の末に会津に至る。
 しかし、この地で平家の追っ手と出会い、義経との間に生まれた赤子/帽子丸は、沼に投げ入れられ溺死してしまう。
 憐れんだ村人たちは、沼を「帽子沼」と呼ぶようになった。
 帽子丸の墓は、産土地蔵尊の隣りに、ひっそりと佇む。
帽子沼


帽子丸の現地板  今では、消えかかった現地板と言い伝えが残るだけで、帽子沼は面影すら残っていない。

 ▲(会津若松市神指町柳原) 鶴ヶ城から 2.4km
  ・見学自由

キリシタン塚          Christian Martyrs

キリシタン塚

 寛永12(1635)年、幕命により加藤明成公は、キリスト教徒の横沢丹波一族と信者60余名を捕らえ、15人を処刑した。
 キリシタン大名/蒲生氏郷公の入府により会津にもキリスト教が伝播し、一時的ではあったが若松では3割強、猪苗代では8割もがキリシタンになった。
 昭和32(1957)年の農地整備の際、言い伝え通りの場所から人骨が見つかったため、昭和37(1962)年に塚碑が建立。
 人骨が誰のものかは、分かっていない。
 ▲(会津若松市神指町黒川字薬師川原) 鶴ヶ城から 3.4km
  ・見学自由


薬師河原刑場の石造供養宝塔

 湯川の河畔にあった刑場の跡地。
 笠付き方柱型題目供養塔。
  ◇ 正面 南無妙法蓮華経
  ◇ 右側 願以此功徳 普及於一切
  ◇ 左側 我等與衆生 皆共成佛道
  ◇ 裏面 《長銘文》
 ▲(会津若松市神指町黒川字薬師川原) 鶴ヶ城から 3.8km

赤べコ公園

 1千4百平方メートルほどのミニミニ公園に、身長2メートルほどの赤べコがいる。 揺れる首だけは再現されていないけれど、実にリアルに作られていて、どの角度から見ても可愛すぎる。
 体内からの滑り台になっており、世界でただ一つの赤べコ遊戯だそうだ。
 水飲み場や子供向けの腰掛も赤ベコで、取り囲むフェンスにも赤べコが描かれている。
 タレント/マツコ・デラックスが、買って良かった物“ベストバイ”の第1位に赤べコを紹介し魅力を絶賛したため、しばらくこの辺鄙な公園にも見物客が殺到した。
 ▲(会津若松市神指町高久字北條163-12) 鶴ヶ城から 8.5km
  ・見学自由
  ・駐車 3台

攬勝亭 (らんしょうてい 非公開)

攬勝亭 攬勝亭
攬勝亭の歌碑

 天元12(1543)年、越後の栖吉城主/長尾信景 (政景?) が上杉謙信に追われ、蘆名盛舜公を頼って会津へ逃れて、当地に居を構える。
 その後、庇護の下、会津藩の豪商となる。
 保科正之公が名付け、正容公が目黒浄庭 (浄定) に改築させた。
 幕末には容敬公の信任が篤かった家老/丹羽能教 (丹羽五郎の曽祖父) が隠居後に住んでいた。
 庭園内に、容保の歌碑が残っている。
  「風をのみ いとひし庭の もみぢばを けふは雨にも 散らしぬる哉
 かつては御薬園・可月亭とともに会津三庭とされたが、今では雑草に覆われており、いずれ歴史から消えるのであろうか。  [Photo]

 ▲非公開 (会津若松市柳原町2-2) 鶴ヶ城から 2.2km

 
 令和2(2020)年、市役所観光関連部署か、同市の教育委員会か、の怠慢?で、市民の知らぬ間に不動産屋に売却されてしまい、存続が危ぶまれている。
《整理されてしまい消滅した模様》
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