鹽泉山一行院、浄土宗。
飯盛山自刃の白虎隊士で、唯一、蘇生した飯沼貞吉を治療した三本住庵の墓がある。
会津二十一地蔵尊の番外の一つ。
殉難墓あり。
▲(喜多方市塩川町字反町925 Tel. 0241-27-4193)
応永29(1422)年、示現寺の僧/雲光が草創。
小荒山、曹洞宗。 示現寺の末寺。
本尊は、釈迦牟尼仏 (開山時は地蔵菩薩)。
明治13(1880)年、火災で堂宇すべてが焼失。
明治27(1894)年、白漆喰の土蔵造りでガラス戸の本堂が再建。
殉難墓あり。
▲(喜多方市字寺町4706 Tel. 0241-23-1292)
白雉3(605)年、中国渡来の僧/知道と修験/小角が創建。
ご神体は飯豊山そのものであり、主祭神は五社権現。
・一王子社 拝殿のみ。
味秬高彦根命
・二王子社 下照姫命
・三王子社 事代主命
・四王子社 奥宮。高照姫命
・五王子社 山頂(2,105m)。 三井命
一王子(麓宮)から山頂の四王子(奥宮)まで幅3尺の嶮しい参詣道が続く。
永保年間(1081〜1084)、徳一大師、もしくは空海、もしくは行基が中興と伝えられる。
天文8(1539)年、葦名盛舜公が山道を拓く。
文禄4(1595)年、蒲生氏郷公が5年をかけて参詣道を整備させ、松平氏にも庇護される。
明治に入り会津抹殺の政策が続く中、東蒲原郡が新潟県に編入されることになった。
麓宮を失うことで暴動寸前に至り恐れた政府は、境内領だけを会津に残したため、不自然な県境になっている。
13歳から15歳までの男子は、大人になるための儀式として、最も危険な難所「御秘所
最近まで、女人禁制の山であった。
▲(喜多方市山都町一ノ木字中在家乙1760、1761番地)
・例祭 9月1日 (夏期は奥宮に神職が在住)
社伝によると、天慶年間(938〜947) に平将門の残党が逃れて来て住みついた。 正暦年間(990〜995)、陰陽師/安倍清明がこの地にやって来て、出雲の神を総鎮守に「国土開墾の神」として祀り、総社神社を創建した、
明治4(1871)年、出雲神社と改称し、祭神を大国主神
▲(喜多方市字寺南2628 Tel. 0241-22-2376)
勧進など詳細不詳。
祭神は、武甕槌命
天正17(1589)年、伊達政宗公により社領を没収されたが、その後の蒲生家、上杉家、加藤家、保科家(松平家)の庇護を受ける。
明治の度重なる火災で、全てが焼失。
大正12(1923)年、拝殿や本殿などが再建された。
慶長9(1601)年、米沢街道として若松から2つ目の宿駅となる。
寛永4(1650)年、大峠が廃止のため本街道になり、米沢藩の塩街道・江戸街道としても栄える。
仙台藩へ移封の伊達正宗公、米沢藩へ移封の上杉景勝公、最上山形藩から会津拝領の保科正之公、伊能忠敬、十辺舎一九、吉田松陰、仙台に向かった土方歳三などが、この地を通る。
戊辰の役では、大勝利した地である。
▲(喜多方市熊倉町熊倉)
・例祭 8月28日
嘉禄3(1227)年、僧/隆寛が開基。
隆寛は、浄土宗の開祖/法然の高弟である。
叶山、浄土宗。
木造の阿弥陀如来来迎三尊像(座像と脇侍)は、鎌倉時代の作で、国指定重要文化財。
会津十二支守り本尊の辰・巳 (普賢菩薩) と 午 (勢至菩薩)。
会津二十一地蔵尊の番外の一つ。
阿弥陀如来坐像は、「会津大仏」と呼ばれている。
高さ2.41ルートルと巨大で、金色に輝く小さな千体仏の船形光背が特徴。
奥の新しい堂に安置されていて、拝観可能。
▲(喜多方市上三宮町上三宮字籬山833 Tel. 0241-22-1565)
草創など詳細不詳。
来迎山、浄土宗。
応永17(1410)年、僧/法誉か中興。
その後、衰退、再興を繰り返す。
文化2(1805)年、再建され現在に至る。
観音堂は、明治40(1907)年に建立。
▲(喜多方市字天満前8879 Tel. 0241-22-2639)
天正元(1573)年、越後の僧/快元が草創。
大雲山、曹洞宗。
本尊は、木造釈迦如来。
若松/宝積寺の末寺。
昭和37(1962)年、本堂が再建。
≪観音堂≫
天正元(1573)年、創建。
観音堂の本尊は、如意輪観世音。
子安観音と呼ばれ、参詣すれば安産と信じられている。
慶安4(1651)年に現在地へ移転、正徳6(1716)年に再建され現在に至る。
会津三十三観音の第八番札所。
▲(喜多方市塩川中屋沢台畑丙697 Tel. 0241-27-2867)
天授元/永和元(1375)年、葦名直盛公が勧請。
祭神は、建御名方神
寛永18(1641)年、現在地に社殿を建立。
会津若松市/諏方神社の北側にあるので、北宮諏方神社と呼ぶ。
拝殿手前に、藩主(松平公)お手植えと伝えられる松がある。
本殿の後ろ脇に、愛宕神社と稲荷神社がある。
▲(喜多方市字諏訪59 Tel. 0241-23-0243)
・例祭 8月2〜3日
松峯山、曹洞宗。
本尊は、木造阿弥陀如来坐像。
若松/恵倫寺の末寺。
安置されている木造聖徳太子立像は、像高102.7センチのカツラ材の寄木造りで、十六歳孝養太子像。
会津二十一地蔵尊の第十七番。
別の場所だが、会津二十一地蔵尊の第十八番も管轄している。
創建など詳細不詳だが、新編会津風土記に比丘尼が一宇を建立とある。
境内入口の堂に安置されている八百比丘尼像は、"長寿の本尊"と云われている。
民話も残っている。
▲(喜多方市塩川町金橋字金川2090 Tel. 0241-27-2193)
・例祭 5月2日
長流山、曹洞宗。
会津三十三観音の第三番札所。
▲(喜多方市豊川町綾金155)
天喜3(1055)年、源頼義が戦勝祈願のため会津若松市に創建。
その後、この地に遷座した。
本宮、新宮、那智の熊野三山を祀っている。
熊野三社本殿、文殊堂、観音堂が残っている。
"長床"という拝殿で知られている。
長床は、藤原時代の寝殿造りの主殿の形式で、太い柱が44本が等間隔に並び、正面9の側面4間が吹き抜けになっている。
長床(拝殿)、銅鉢は国指定重要文化財で、銅鐘は国認定重要美術品。
境内にある大銀杏は、高さ30ートル、根本周り8メートルもあり、樹齢600年といわれている。
▲(喜多方市慶徳町新宮字熊野2258)
・境内に入るのにも、拝観料がいる。
正平22/貞治6(1367)年、越後出身の源翁禅師は、会津に入るとこの地に庵を結んだ。
葦名詮盛公は、紫雲が立ち上るのを見て庵に立ち寄った。
禅師の人柄に心酔し、慶徳寺を創建、寄進した。
巻尾山、曹洞宗。
本尊は、釈迦如来。
山門には、「禅房」と記載されている。
源翁禅師は全国を行脚するも、示現寺に移るまでは、ここを本拠とした。
▲(喜多方市慶徳町豊岡字今町288 Tel. 0241-22-2106)
応徳2(1085)年、源義家が京都伏見稲荷の御分霊を勧請。
後に衰退したものの、葦名詮盛公が改修し、源翁禅師が中興。
五穀豊穣を願って、半夏生
正和4(1315)年、草創。
赤岩山、浄土宗。 本尊は阿弥陀如来。
下野大沢(益子町)の円通寺の末寺。
天文2(1533)年、僧/良光が再興。
山号は赤色の巨岩から、寺号は集落の一番高い所にあることから名付けられたとのこと。
▲(喜多方市高郷町揚津赤岩)
旧街道筋にある寺院で、入口に地蔵が2体並ぶ。
永正17(1520)年、鎌倉の僧/江月が開山。
紫雲山、浄土宗。
本尊は、阿弥陀如来。
天正17(1589)年、伊達正宗公により堂宇すべてを焼失。
その後も火災に見舞われ、弘化元(1844)年、現在地に再建。
会津三十三観音の第七番札所の観音堂は、安政5(1858)年に再建されたもの。
▲(喜多方市熊倉町熊倉字837 Tel. 0241-27-8651)
古くは、腰王神社と呼ばれていた。
名前の由来は、
・「越の国の王」から「越王」
・ 安置の「四天王の木造」から「古四王」
・「本朝三古四王」の1つであるから
と様々だが、新潟/五十公野と秋田/古四王社に通ずるという。
神像は平安時代末期の多聞天。 現在の祭神は大毘古命
氏子たちには、不思議な習わしがあった、
・鳥獣の肉は食べない
・婦女子が外出する際には笠を被る
・子供は元旦から7日まで物忌みし白い餅以外を食さない 等々
▲(喜多方市慶徳町松舞家字丑ノ尾3940 Tel. 0241-22-2746)
・悪路を少し進むと、右に上る山道がある。
寛治5(1091)年、源義家が熊野堂村熊野神社を新宮村に遷座。
祭神は、宇気母智神
正保3(1646)年、弾正ヶ原から駒形大明神を移し創建。
昭和55(1980)年に社殿が焼失、翌年に再建した。
境内を入ったすぐに街道の石標があり、4面に各街道が刻まれている。
南 若松 日光 江戸 街道
西 飯豊山 柳津 越後 道
北 湯殿山 米澤 街道
東 猪苗代 二本松 道
祭礼は100年ほどの伝統だが、「塩川バルーンフェステバル」も行なっている。
▲(喜多方市塩川町字中町1888 Tel. 0241-27-2094)
・例祭 9月19日
元和2(1616)年、草創。
宝密山、浄土宗本願寺派。
本尊は、阿弥陀如来。
大正14(1925)年、現在地に建設。
境内に保育所があり、賑やかである。
▲(喜多方市字諏訪140 Tel. 0241-22-0656)
大同2(807)年、空海が五峰山慈眼寺として建立。
護法山、曹洞宗。 本尊は虚空蔵菩薩。
大本山は、横浜総持寺。
永和元(1375)年、源翁禅師が再建、護法山示現寺と改称し、曹洞宗に改める。
その後、葦名氏の庇護を受け、東北各地に37カ寺の末寺を持つ名刹へと発展する。
本堂裏の開山堂に、源翁作と伝えられる木像が安置されている。
"椿彫木彩漆笈"は、国指定重要文化財。
会津三十三観音の第五番札所。
殺生石で有名な源翁禅師や、社会福祉事業に貢献した瓜生岩子の墓がある。
予約すれば、座禅と法話の体験ができるとのこと。
▲(喜多方市熱塩加納町熱塩温泉甲795 Tel. 0241-36-2031)
・1月4日 湯殿入り
・4月18日 祭礼
・5月7日 開山忌
大同2(807)年、徳一上人が草創とも伝わる。
黄梅山、真言宗豊山派。
本尊は、地蔵菩薩。
若松/弥勒寺
の末寺。
▲(喜多方市塩川町常世字上村906 Tel. 0241-27-2986)
慶長6(1601)年、光明山/淨光寺が草創。
宝永元(1704)年、僧/隆安が廃寺を移し、浄教寺に改称し中興。
山王山、浄土宗。
本尊は、銅造阿弥陀如来立像。
願成寺の末寺。
▲(喜多方市熱塩加納町熱塩字天神林)
大湯嶽 (大戸町関川の高畑山) に草創。
曹洞宗、飯豊山。
白雉2(651)年、日中飯森山に移る。
貞元2(977)年、真言宗飯豊山常繁寺と改称。
永保元(1081)年、一ノ戸山 (山都町) に移る。
永和元/天授元(1375)年、曹洞宗に改宗し示現寺の末寺となる。
元亀2(1571)年、黒川に移る。
文政6(1823)年、現在の地に再興。
▲(喜多方市熱塩加納町熱塩字寺ノ前丙2695 Tel. 0241-36-2072)
熊倉街道の北側に位置する。
松島山、真言宗豊山派。
本尊は、十一面観世音菩薩。
「勝(すぐれ)の観音堂」といわれ、国指定重要文化財。
茅葺で三間四面の寄棟造で、和唐折衷様式の建物。
会津三十三観音の第六番札所。
鐘楼にある銅鐘は、会津刀の名工である古川兼定の作による。
室町時代に、松島に向かっていた京都の女性の勝前(すぐれのまえ)が、この地で亡くなったため、偲んで建立された。
享禄2(1529)年に焼失、その後に幾度となく再建された。
現存するものは、寛文5(1665)年に保科正之公が再建したもの。
▲(喜多方市関紫町三津井字堂ノ上630)
・例祭 旧7月17日
応永4(1397)年、勧請。
祭神は、菅原道真。
"天満様"と呼ばれている。
鳥居も社殿にも、"天満宮"と記載されている。
▲(喜多方市字天満)
弘安6(1283)年、光徳寺の僧/空行が草創。
壽栄山、浄土宗。 本尊は阿弥陀如来。 光徳寺の末寺。
天明2(1782)年鋳造の洪鐘や、延喜7(907)年作の木造大日如来座像を所蔵している。
殉難墓あり。
▲(喜多方市山都町小舟寺頭無甲1012 Tel. 0241-38-2505)
草創など詳細不詳。
福聚山、曹洞宗。 示現寺の末寺。
文化2(1805)年、越後の僧/安翁が現在の本堂を再建し中興。
木造千手観音坐像は、運慶の作と伝えられる。
会津三十三観音の第九番札所。
▲(喜多方市塩川町遠田字谷地中3227 Tel. 0241-27-7445)
草創など詳細不詳。
真言宗豊山派。 本尊は木造釈迦如来立像。
1.66メートルの寄木造りで、国指定重要美術品。
永和元(1375)年、僧/宥海が中興。
伊達政宗公が焼き払い、幾度となく再建されるも火災にあう。
明治に入って檀家が神道に移ったため衰退。
釈迦堂だけが残っている。
▲(喜多方市岩月町大都字寺前1733)
草創など詳細不詳だが、霊場があったとのこと。
開堂山、真言宗豊山派。
本尊は、延命地蔵菩薩。
延慶3(1310)年、忍阿上人が中興。
慶長年間(1596〜1615)、若松/弥勒寺の僧/祐誉が中興。
元禄16(1703)年、栄昶和尚が再興に着手、4年後に再建。
境内に薬師堂があり、本尊の木造薬師如来座像は、国指定重要文化財。
88センチほどの寄木造漆箔押で、収蔵庫に安置されている。
優雅で円満な面相は、藤原仏の面影をよく伝える傑作。
会津十二薬師の第三番。
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本堂前には、樹齢250年と伝わる2本の夫婦カリンがある。
▲(喜多方市関柴町関柴権現沢2063-1)
天福元(1233)年、飯島筑後守が開基し、密侶/看信が開山。
飯島山、浄土宗。 本尊は阿弥陀妙来。
慶長17(1612)年、若松徒之町一乗寺の僧/良讃が浄土宗に改宗して再興。
慶応4(1868)年の戊辰の役で住職を失い、以降は無住。
昭和56(1981)年、現在の堂宇に再建。
瓜生岩子が裁縫教授所を開所している。
殉難墓あり。
▲(喜多方市岩月町大都前田)
勧請なと詳細不詳だが、加賀/白山比盗_社から分祀とのこと。
祭神は、白山比当ス
社殿は、江戸時代末期に建立。
▲(喜多方市熱塩加納町米岡字元屋敷西丙146)
・例祭 9月9日
草創など詳細不詳。
甘蕨山、真言宗豊山派。
本尊は、大日如来。
▲(喜多方市関柴町平林字地利前1051-1)
物宝山、曹洞宗。
会津三十三観音の第二番札所。
▲(喜多方市慶徳町松舞家字松野730 Tel. 0241-22-6453)
時おり、幼さの残っている若い僧と出会う。
不審そうな顔もせず、「何の用事か?」問い質すこともなく、ニコニコしながら見守っている。
帰る際は、会釈までしてくれる。
若くとも住職かも知れないが、いつも心が和む。